スタートアップと事業会社の協業サポートや事業創出を推進している「スタートアップエコシステムプラットフォーム未来X(mirai cross)」。SMBCグループとみらいワークスが共同運営するこの未来X(mirai cross)のリバースピッチイベントで出会い、お互いの飛躍の種を協業で育て始めている会社がある。
2021年から事業会社パートナーとして参画している新日本空調株式会社(以下、新日本空調)と弱冠19歳の代表が率いる株式会社Deepreneur(以下、ディープレナー)が進める、DXプロジェクトについてお聞きした。
未来X(mirai cross)リバースピッチイベント参加の背景
「事業基盤増強、収益力向上、人的資本など5つある当社の基本戦略のなかでも、デジタル変革戦略は何をやるにしてもベースになる」と新日本空調の廣島雅則社長は説明する。新日本空調は空調を中心とする建築設備の設計から監理、工事請負までを行う会社だ。建設業界はアナログな慣習がまだまだ残る会社が多い。新日本空調も例外ではなく、一部の図面や資料などは依然として紙でやり取りされたり管理されたりと、アナログな要素が多く残る。また、建築業は案件ごとに仕様や規模、工程が異なり、業務の標準化が難しいということもある。
そういった課題があるなか、廣島雅則社長はファシリティソリューションセンター長に就任した2016年からデジタル化の推進に関わり、2021年からはデジタル推進室長として基幹システムの刷新やさまざまな業務関連ツールの導入など、着々とデジタル化を進めてきた。
「社内に散らばった膨大な資料や情報を整理しナレッジとして共有することで、業務効率化にとどまらず、お客様に付加価値として提供できることが広がっていきます。この取り組みを一気に加速したいという思いで協業先を探しています。当社が未来X(mirai cross)に参画している目的のひとつでもあり、リバースピッチイベントに参加したのもその一環です」(廣島社長)
協業で意外にも大事な「フレンドリーさ」
リバースピッチでのイベントでの出会いをきっかけとして、協業にうまく結びついた理由のひとつに、「リバースピッチをはじめ、初期のコンタクトをフレンドリーに行えたこと」があると廣島社長は言う。
「会社と会社の契約とはいえ、最終的には人柄が重要になると私は思います。お互いの熱意が伝わるかどうかが大事。そういった点で言えば大規模会場で行われるイベントだと、どうしてもかしこまった状態で挨拶し合い、緊張感のほうが強く出てしまう。ディープレナー代表の澤田(悠太)さんとはリバースピッチイベントでの最初の接触時から気楽に、ざっくばらんに話をすることができたと当社のスタッフから聞いています。私はその後の打ち合わせで初めて澤田さんと話をしましたが、そのようなざっくばらんな雰囲気で打ち合わせができたからこそ、最初から突っ込んだ話をすることができ、質問に対する答えの的確さやレスポンスの速さ、知識の深さに感銘し、その場で手応えのようなものを強く感じることができたのだと思います」(廣島社長)
廣島社長が言葉を交わし「手応え」を感じた澤田悠太代表は、高校時代から松尾・岩澤研究室での共同開発や同研究室発ベンチャー企業でのインターンを通じて、AIの高い開発力や実装力を身につけた強者だ。高校を卒業した2023年4月、東京大学「松尾・岩澤研究室発スタートアップ」としてディープレナーを創業した。
「リバースピッチの場で、新日本空調様がデータの利活用、アクセシビリティの向上に課題感を持っているとお聞きし、ディープレナーの生成AI技術で貢献できると思いました。創業間もない当社が、新日本空調様のような規模の会社と直接やりとりできる機会はなかなかありません。SMBCグループの後ろ盾は本当に心強く、その安心感もあって実力を発揮できたように思います」(澤田代表)
的確で誠実、スピード感が決め手
ディープレナーに高い技術力、開発力があるとはいえ、新日本空調と最初の接点を持った2023年7月時点では創業からわずか4カ月。それでも、「信用するに足る」と廣島社長が判断できたのは、提案内容の的確さと誠実な対応、スピード感にあった。
ディープレナーでは、大規模言語モデル(LLM)をはじめとする生成AI技術を活用したDXソリューションを開発している。そこで新日本空調の課題に対しても、社内規約や基準などのデータを生成AIに読み込ませ、用途別に複数のチャットボットを提供することを提案した。
「当社から澤田代表への要望は、当初は社内データの活用と検索を高度化したいというざっくりとしたものでした。その当社意向に対する答えとして澤田代表からまず、LLMを使うとどういったことができるか、仕組みを丁寧に説明してもらいました。そして3つのフェーズに分けてやりましょうと提案されました。まずLLMを入れる、次に当社のデータと連携した形でアルゴリズムを最適化する、最後に読み込みが難しい図面などのナレッジ共有に向けて実証、開発を段階的に進める。具体的な提案をすぐに提示されたんです。
これまでさまざまな会社とやりとりするなかで、技術的な質問に対する答えが曖昧だったり、要求とは違う回答が戻ってきたりすることがあり違和感を持つことがありました。ですが、澤田さんとのやり取りではそういったことがまったくありません」(廣島社長)
大企業でスピード感をどうやって生み出すか
一方の澤田代表は、「実際のデータの受け渡しや契約書締結がとてもスムーズで、プロジェクトの進めやすさを感じた」と話す。実際、2023年7月に会ってから2カ月ほどでNDA締結し本格的な検討を開始。4カ月後の2023年11月には開発委託契約を結んでいる。
「不確実性が高いAIにおいては、実現したいサービスやプロダクトの簡易版をつくり、実際に使用してみるPoCを繰り返すのが普通です。ですが、デモを見た段階でこれは使えるぞとおっしゃっていただき、PoCを飛ばして進めることになった部分もありました。そういったスピード感は、周囲の人々から聞いていた大企業の印象と新日本空調は違うなと驚きました」(澤田代表)
これに対して廣島社長は「ディープレナーのスピードについていくのに必死ですよ」と笑う。
「学習用データとしてドキュメントの前処理を行う工程ひとつとっても的確。デモの時点で想像に近い形で、欲している状態に達しているんですよ。2016年の時点で、AIを組み込んだサービスを独自開発したこともありましたが利用方法は限定的でした。AIの活用で社内の業務効率化も考えましたが、データが少ないため精度が出ず導入をあきらめたこともありました。
2022年にChatGPTがリリースされ世界中が生成AIブームに沸き、ChatGPTのコア技術であるLLMという選択肢が出てきたことで課題解決への道が開かれたような気持ちでしたが、一方で膨大なコストがかかるイメージをもっていました。そんなとき、ディープレナーさんとお会いすることができたんですよ」(廣島社長)
大企業ながらスピード感を持ってできたのは、新日本空調が2016年頃から情報を集め、検討に検討を重ねてきた過程があったからのようだ。だからこそ、お互いに打てば響くようなやりとりができるし、創業まもない会社だと侮らずその提案内容の的確さ、示されたコストが妥当な水準であることがすぐに理解できた。加えてもうひとつ、新日本空調がスピード感を持って進めることができる理由を「いつでもスタートダッシュできるように、社内コンセンサスも整えている」からだと廣島社長は話す。
「新しいことの導入には、反発が生まれたり否定的な意見が出てくるものです。その拒否感をなくすため、まず使ってもらってAIってすごいね、というところにできるだけ早くたどり着きたかったんです。あれもこれも盛り込んだ形で導入しても現場での運用がうまくいかなければ意味がありません。コストと投資とリソースのバランスを考え、PoC倒れで終わらないようにタイミングを見ながら進められるようにつねに整えておくことが大事だと考えています」(廣島社長)
どうやって大きな組織の隅々まで新しい技術を浸透させていくか、技術畑を歩いてきた廣島社長ならではの思考に触れられることは、澤田代表にとって学びとなっている。一方で新日本空調側も、ナレッジ共有システムの構築ができるというだけでなく、打ち合わせを通じて生成AIに関する最新の技術動向を知ることができる。新日本空調とディープレナーの協業は副次的なメリットも大きいようだ。
「この協業を足がかりに、空調制御のAI実装、予測AIを活用した業績予測などあらゆるプロダクトや社内業務でのAI活用を検討していきたい」と廣島社長も澤田代表も声をそろえる様子に、その意気込みが伝わってきた。